伏雛的BLOG

アニメ・漫画・ゲーム…それが生きていく糧となっているオタクな伏雛の日々

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2014.03.09 日本100名城探訪39~長篠城~ 

ホテルの朝食で昨日食べられなかった稲荷ずしを食べ、豊川を出発。


飯田線に乗り、やってきたのは長篠城駅
名前の通り、長篠の戦いで有名な場所です。

100名城スタンプのため、まずは長篠城址史跡保存館を目指します。


駅からすぐ見えてきたのが搦手門跡。
長篠城が結構な広さだったということが分かります。



大通寺に寄り道。


こちらは長篠の戦いの軍議で設楽原に進撃することが決まった後、馬場信春、内藤昌豊、山県昌景、土屋昌続(次)らが別れの杯をかわした井戸


長篠城方向を眺める


大通寺から歩いて行くと長篠城址史跡保存館に到着です。
館内を見る前に、まずは長篠城跡を見ていきます。


巴城郭址
駐車場になっている場所のすぐ傍ですね。


内堀
かなりの深さ!
正面には保存館が見えています。
そしてすぐ後ろには先ほど長篠城駅までやってきたJR飯田線が本丸を貫いています。


本丸跡は広場になっていて土塁などがわずかに残っているのみです。


先ほど書きましたが、本丸を貫くように飯田線が走っており線路の向こう側にも物見櫓跡などがあります。


ちょうど電車がやってきたので激写


長篠城で欠かせないのが鳥居 強右衛門。

武田勝頼によって長篠城が包囲された際、密かに脱出して岡崎城まで赴き、援軍を要請。
戻る途中に武田軍に見つかってしまい、助命と引き換えに城内に「援軍が来ない」と告げるように命令されます。

しかし強右衛門は城内に向かって「あと二、三日のうちに織田・徳川の援軍が来る。それまでの辛抱だ」と大声で叫びました。


強右衛門が叫んだとされる場所を長篠城側から。
木々でよく見えない…。

強右衛門は磔にされますが、長篠城の城兵たちは城を守り切ることに成功し、それが設楽原の戦いへとつながっていくのです。


ということで長篠城址史跡保存館にて設楽原歴史資料館との共通券を購入し、100名城スタンプ 長篠城をゲット。


長篠城周辺を歩いていきます。


弾正郭址


家老屋敷址


馬場信春の墓
長篠城跡からほど近い場所にあります。
長篠の戦いで殿となり、最後まで奮戦し勝頼の退却を見届けてから討ち死にした武田四名臣のひとり。
首を埋めた場所とされており、静かな場所です。

そこからは自転車が欲しくなる程度の距離を歩き、鳥居 強右衛門の墓へ…。


鳥居 強右衛門の墓と、武田軍武将たちの墓
新東名高速道路の関連工事に伴い、移動されていました。


鳥居強右衛門磔死之碑
この辺りで援軍が来ることを叫び、磔にされたのでしょう。
こちらからも長篠城は木々に遮られよく見えない状態です。
田んぼの傍にぽつんと建っていますが、大きめの説明板があるので見つけやすかったです。


もう少しだけ歩いて牛渕橋から眺める長篠城。
水が綺麗で素晴らしい眺めです。


で、きた道を引き返し鳥居駅に到着。
次の電車は……45分後でした。

しばらく電車待ち。そして三河東郷駅に到着
長篠の戦いといえば織田・徳川連合軍の鉄砲隊が有名ですが、その激戦地となったのが駅からしばらく歩いた場所にある設楽原です。

ということで駅から歩いて行くと見えてきました。
まずは周辺を散策していきます。


柳田前激戦地
連吾川が流れています。




馬防柵


当時の土塁(鉄砲構え)や馬防柵が再現されています。

こうして再現された馬防柵や堀を見ると通りぬけしにくい作りになっているのが分かります。
またここに辿り着くまでに田んぼや川を渡らなければならない。
そして対する織田・徳川連合軍は野戦築城の上、鉄砲を備えている。
こうしてみると突撃する度に大きな犠牲が出るのは必然と感じました。


土屋昌次戦死之地石碑
その馬防柵へ突撃したのが土屋昌続(次)です。
三段のうち二段目まで突破しましたが、鉄砲により討死。


馬防柵を見た後は甘利信康碑を見つつ


設楽原歴史資料館へ。


設楽原の戦いの解説もですが、目を引くのが火縄銃です。
数の多さもさることながら、綺麗に手入れされている銃が多く広さの割に見所が多い資料館でした。


屋上から先ほどの馬防柵の方向を眺めてみる

車で来た際にはここへ駐車し、拠点とするのが一番良いと思います。

資料館を見た後は再度周辺を散策。


武田勝頼公指揮の地
ここは内藤昌豊の本陣でもあります。


内藤昌豊之墓
武田信繁とともに武田副将と評された武田四名臣のひとり。


横田綱松之墓
原虎胤の子で、横田高松の養子となりました。
ともに設楽原の戦いで討死。

そして資料館に戻り、山なりに降りていきます。


小幡信貞之墓
しかし戦死したのは信貞の弟ともいわれており、真偽は不明。

そこから南に行くと山県昌景の陣地です。
赤備えを率いた武田四名臣のひとり


山県三郎兵衛昌景之碑


他に子の昌次や名取道忠、高坂助宣の墓が並んでいます。



そろそろ帰りの時間があるので、ここで帰還。
徒歩で設楽原を巡ってきましたが、武田側の一部の史跡しか行けなかったのが心残りです。
駅付近にレンタサイクルでもあればもう少し移動しやすかったと思います。

遅めの昼食は名古屋駅で。


若鯱家
カレーきしめん、味噌串カツ、ライスのセットです。
串カツ(゚д゚)ウマー

そしてお土産は…


きのこの山 小倉トースト風味
あんまき(チーズ、カスタード)
あんまきが美味しかったので、帰りに豊橋駅で乗り換える際に買っちゃいました。


ということで最初は静岡まで行く予定でしたが、寝坊によるミスで他の城を探訪することに。
しかしどの城も見所が多く、疲れましたが楽しい遠征でした。

青春18切符があと1回分残っているので、日帰りで行けるところを計画中です。
[ 2014/03/19(水) 21:53:32 ] 日本100名城・史跡探訪 | TB(0) | CM(0)
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